京都大学名誉教授 土屋 和雄 氏
現在,工学は個別的な工学から統合化された工学へと大きく変貌しようとしている.
本来,工学は,自然を分析的に認識していく科学とそこで発見された自然法則を基にして新しい機能を実現する人工物を作り上げる技術の間にあって,個別的な自然法則を機能の視点から統合的に理解する学問であった.しかし,20世紀の発見の時代にあっては,工学も分析的な方法論に基づいた研究が進められ,その知識は個別理論として体系化されてきた.現在,自然は,宇宙の起源,生命の起源をはじめとして,いまだ解明されない無限のなぞに満ち溢れているが,それと同時に,地球温暖化現象に象徴されるように,我々は有限の自然環境の中で生活していることが強く認識されてきている.この有限な自然環境の中で生存していくためには,調和の取れた技術開発が重要になる.そして,その基礎として自然の統合的な理解を目的とする工学が一段と重要になってきている.
このような背景のもとで,統合的な工学体系の構築を目指した取り組みが進められている.学会レベルの活動では,細分化した科学領域が領域相互での協力を困難にしている現状の打破を目指して,工学系の学協会が中心となって横断型基幹科学技術研究団体連合が組織されている.大学レベルの活動では,21世紀COEプログラム,グローバルCOEプログラム等世界的研究教育拠点形成プログラムの中で,統合化された工学の世界的な研究教育拠点形成を目指した活動がいくつか行われている.
京都大学21世紀COEプログラム「動的機能機械システムの数理モデルと設計論」では,機械工学の研究分野において,「複雑さ」の視点から機械工学を捉えなおして,統合化された機械工学の体系を作り上げることを目指した活動が行われてきた.本講演では,その取り組みの概要を紹介するとともに,統合化へ向かう工学の流れについて考えたい.
東京工業大学大学院理工学研究科 藤田 政之 氏
近年,複数のシステムが協調して一つのタスクを実行する協調制御に関する研究が注目を集めており,制御理論にグラフ理論やアルゴリズム論を融合する点で従来の制御理論とは一線を画す新規の理論として受け入れられてきた.本講演では,まず代表的な協調制御問題である合意問題・被覆制御問題とそれらの解法を紹介する.次に,本分野における近年の研究動向,特に個々の協調制御問題の統合化の試みについて概観する.最後に,取り組みが期待される未解決の研究課題と併せて今後の展望を述べる.
甲南大学理工学部 (4月より同大学知能情報学部) 中山 弘隆 氏
実際の意思決定問題ではあれもこれもよくしたいという多目的最適化問題になることが多い.近年,多目的最適化においては進化型計算法を用いてParetoフロンティアを求めようとする研究が盛んであるが,実際の意思決定では,そのParetoフロンティアからどの解を一つ選ぶかが重要である.古くからある対話型解法はいかに効率よく意思決定者の望む解を得るかに腐心している.ここでは,これらの方法に加え,最近の話題になっている,工学設計問題では特に重要となる関数評価回数をいかに少なくするかというメタモデリングについても言及する.
京都大学大学院情報学研究科 中村 佳正 氏
米国の標準ライブラリLAPACKより優れたルーチンを日本で独自に開発しようという動きは途絶えていた.純国産特異値分解アルゴリズムI-SVDを実装したDBDSLVコードはLAPACKの既存の特異値分解コードのDBDSQR,DBDSDCと比較して多くの行列で圧倒的に高速である.本チュートリアルでは,「大規模情報処理の基盤技術となる新しい特異値分解法を開発し,その高速性・高精度性を理論的かつ実験的に検証した」と評価されるI-SVD法の考え方と機能,応用可能性について解説する.
京都大学大学院情報学研究科 鷹羽 浄嗣 氏
ほとんどの実システムではアクチュエータの性能限界などにより制御入力が制限される.所期の制御性能や安定性を達成するためには,制御入力の制約を陽に考慮した制御系の解析・設計の枠組みを確立することが重要である.このような背景の下で本講演では,フィードバック系の安定解析およびアンチワインドアップ制御において,いかにして入力制約に対処するかについて考察する.
東京工業大学大学院総合理工学研究科 伊藤 宏司 氏
私たちは刻々変化する環境のもとで巧みな身体運動を実現している.そこでは,さまざまな形で予測機能が重要な役割を果たしている.たとえば,サッカー選手がゴール前でヘッディングシュートを放つためには,ボールがゴールに向かって蹴られた直後から落下点までの軌道やゴールキーパーの動きがイメージできなければならない.動物でも同じである.鷹が高速で飛翔する鳥を捕獲するためには,自分の飛翔速度と相手の動く軌道から交点を予測して,そこに向かって飛ぶ必要がある.このような動的環境に対する予測適応機能を実現するためには,身体―環境系のダイナミクスに関する何らかの内部表現(内部モデルと呼ばれる)が脳内に形成される必要がある. 本講演では,内部モデルと予測適応の関係および,それらに関連する脳内の機能的アーキテクチャについて,運動学習・適応実験と計算論モデルの観点から最近の研究について考察する.
大阪大学基礎工学研究科 野村 泰伸 氏
生命科学・生体医工学を中心とする学際融合研究の世界では,生体の生理的・病理的情報をin silico(計算機内)で定量的に統合する研究が進みつつある.この統合生命科学研究は,フィジオーム・システムバイオロジーと呼ばれている.これは,経験と予想に基づく従来の医学の変革であり,国民の健康と福祉の増進と知識集約型新産業の創出につながる.大阪大学臨床医工学融合研究教育センターのグローバルCOEプログラムは,「in silico medicine」実現を目指し,国内外の教育・研究機関との協働を通じて,フィジオーム・システムバイオロジーの研究推進と関連分野の人材育成を行っている.本講演ではその活動状況を紹介する.
松下電工株式会社生産技術研究所 南 克巳 氏
製造立国を目指す国が中国をはじめ東アジアを中心に急速に増え,その結果,相対的に日本の製造(コスト)力が低下し,国内生産の先行きに不安感が漂ってきた.このような状況下で,21世紀においても,日本が世界のモノづくりを牽引するには,「モノづくり方針」のもとに「商品開発イノベーション」「工法イノ ベーション」「ビジネスプロセスイノベーション」を進めるべきと考えている.それらについて事例を紹介しながら説明する.
名古屋大学大学院工学研究科 坂本 登 氏
本講演では,非線形制御理論の最大の障害であるハミルトン・ヤコビ方程式について,最近得られた近似解法を報告する.この解法によって得られる制御器は,原点近傍では線形制御器に一致するため,原点近傍ではH無限大法のような高い線形制御性能を保証し,さらに原点から離れた領域では非線形性を有効に考慮した制御則となる.また,計算機で実行し易い特徴も持ち,講演では,例題を使って実用を意識した解説をしたい.
東京工業大学大学院情報理工学研究科 加嶋 健司 氏
量子力学的現象の解析・制御に制御理論的手法を応用する研究が近年盛んにおこなわれ,様々な成果が報告されている.本講演では,古典力学系を対象とする場合との違いに焦点をあてて,これらの取り組みを概観する.また,量子スピン系のフィルタリングと制御の例を,シミュレーション結果も交えつつ紹介する.
広島大学大学院工学研究科 増淵 泉 氏
ロバスト半正定値計画問題(SDP)とは,係数が不確かさのパラメータに依存する線形行列不等式(LMI)を制約条件とする最適化問題である.多くのロバスト性解析問題をロバストSDPで記述することができる.ロバストSDPは,不確かなパラメータに対応する無限個の制約を持つ問題である.これを解くために有限個の制約を持つ緩和問題が定式化される.一般には緩和問題はロバストSDPの上界を与えるが,近年,上界の「厳密性」に注目し,
1.厳密性を双対問題の計算結果から証明する
2.計算量を増やすことで,漸近的に厳密性を達成する
という二つのアプローチが脚光を浴びている.本講演では,まずSDPにおけるラグランジュ双対について準備を行った後,ロバストSDPの定式化を行い,その上界問題の導入を行う.KYP補題や古典的なロバスト性解析がこの枠組みに含まれることを述べる.その後,上界の厳密性が上界の双対問題に強く関連していることを述べ,計算結果から厳密性を証明する方法を示す.最後に,計算量を増やすことで漸近的に厳密性を達成するいくつかのマルチプライア(SOSによるものなど)について述べる.